まわるまわるよ 時代はまわる

小6の娘の宿題に「自習学習」というのがあります。

毎回そのネタを求める娘からあれこれ質問されるのですが、先日「金閣寺と銀閣寺」をテーマした自習学習がしたいというので、娘の頭の整理につきあってあげました。

 

銀閣寺(慈照寺):GW中に京都に行った時の写真

 

金閣寺と銀閣寺は作られた時代の流行りが反映された建造物です。

 

ド派手な金閣寺は、足利義満が建造した別荘で、武家の文化と公家の文化が融合した煌びやかでキラキラしたものが流行っていた時代のものです。

一方の銀閣寺は、金閣寺を立てた義満の孫にあたる足利義政が建造した別荘で、当時流行っていた禅宗の影響を受けて、簡素でありながら非常に洗練された深みのある文化の集大成となっています。

 

娘の自習学習では、この流行りの変化(=文化的なトレンド)という観点で考えてみたら面白いんじゃないの?という大人のいい加減な一言から、娘なりにいろいろ深堀をしてみたようです。

 

で、たどり着いたのは、バブル期に「高級品が良いもの」とされて流行った時代と、現在のように「自然でエコで持続可能なものが良い」とされる時代の変化と同じだね、という観点でまとめ、「今も昔も変わらないのは、時代によってトレンドが変わるということだ」と結論付けて、その部分で先生からはなまるを頂いておりました。よかったね。

 

確かに娘が結論付けたとおり「今も昔も変わらないのは、時代によってトレンドが変わるということだ」ということのように思いますが、ITの業界も同じだなぁと思うのです。

 

常々感じていることなのですが、IT業界、それもインターネット以前の1970年台ぐらいから、大きなトレンドの繰り返しは実は変わって無いんじゃないかなというのが、私の持論でもあります。

 

そのトレンドというのは「集中と分散の繰り返し」ということです。

 

コンピュータ(計算機)が機械式だったころからはじまり、ギアの組み合わせで動いてたいものが、電気信号に変わって、その集積度がどんどん高まって、処理が高速化されて、記憶容量も大きくなって、小型化が進み、さらにはネットワーク化されて、どんどん変化・進化してきました。

 

その過程の中で、IT業界にはトレンドが生まれ、時代のトレンドに乗ってめちゃくちゃ流行ったプロダクトやサービスというのがそれぞれの時代の中にあるわけですが、そのトレンドの大きな流れは「集中と分散の繰り返し」というところになるように思えてくるのです。

 

直近の大きなトレンドはクラウドコンピューティングだと思います。これはどちらかというと「集中」です。

あらゆるデータ、あらゆる機能、あらゆるサービスが、クラウド化という波で、どんどん「雲の上」に集められて行っています。

そんなトレンドにのっかって、メガクラウドベンダー(AWS(アマゾン)、Azure(マイクロソフト)、GCP(グーグル))はものすごい成長をしていますし、SalesForceのようなSaaSも、FacebookのようなSNSも成長してきました。

 

このトレンドがそろそろ終わるんじゃないかというのが、私が感じていることです。

「集中と分散の繰り返し」というトレンドが変わることが歴史的に見ても変わらないことという前提で考えて「そろそろ終わる」と。

といっても完全になくなるわけでは決してなくて、もちろんビジネスとしての継続はあると思っていますが、別のトレンドで新しい熱狂が始まって、ものすごい成長をするものがまた現れるんじゃないかという妄想です。

 

その要因の一つになると思うのは、5Gの登場です。

 

この5Gの普及が「集中と分散の繰り返し」というトレンドの「分散」方向へのシフトを思いっきり後押しするような気がしています。

さらにその背景として「分散」を後押ししそうな技術(5Gの登場で一気に開花しそうな技術)がいくつかあります。

 

IoT関連の様々なプロトコル

ブロックチェーン

マイクロサービスアーキテクチャ

パスワードレスの認証技術

暗号資産

 

これらの技術が5Gシフトで一気にその有効性・有用性を発揮して「分散」のトレンドを生み出し始めるような気がしています。もちろん「クラウド」はその背景にある基盤の技術として活用され続けるので、クラウドコンピューティング自体がなくなりはしないと思いますが、トレンドの中心ではなく当たり前のものになってくるんだと思います。

 

5Gの普及は、これまでのシステム構成を大きく変えるもの(変えられるもの)になると思っています。

今動いているもの、使っている道具は、すべてが5G前提の新しいシステム構成へ変えられていくことになると思います。

「改元」ってすごい仕組みですねって思いました。

新元号「令和」になって初めてのブログです。

 

そういえば「令和」って初めてキーボード入力した気がします。

GWに入ってからはずっとスマホでしたので、久しぶりにPCを開きました。

 

ところで、私がブログを初めて書いたのが2004/05/30。今から14年と341日前だそうです。久ぶりに開いたブログ(JUGEM)の管理画面のトップページに表示されていました。もう15年にもなるのですね。

 

ここのところ自分なりにインプット量をかなり増やしていまして、月4冊ペースで本を読み、雑誌とか新聞とか、紙媒体を目にしたら何か読むということを心がけております。

アウトプットも「ゼロ秒思考」に影響されて、とにかく書く、思いついたら書く、何か考えが廻ったら書く、というのをはじめまして、頭を高速に動かす癖をつけるようにしはじめました。

 

その延長で、久しく書いてなかったブログも書いてみようかなということで、新元号になったことでもありますので、良いタイミングかなと思って、久しぶりにJUGEMの管理画面を開いてみたわけです。

 

GMOペパボの佐藤社長にも「たまにはブログ書いてくださいよ〜」って言われたりしてたのですが、一度書かなくなると、また改めて書き始めるきっかけってなかなか見つからなくて「そうだ、改元したらまた書こう」なんて、勝手に決めてました。

 

特に何か伝えたいメッセージとか、発表したいこととかがあるわけではないのですが、この長いGWに入って、元号が変わって、ちょっと感じたことを少しだけ。

 

 

「改元」ってなんだかすごい仕組みですねって、思いました。

 

元号が変わって、なんだか今年はお正月が2回きちゃったみたいな感じじゃないですか??

時代に区切りをつけるものでもあり、新しい時代が始まる感を醸すこの「改元」という仕組みが、なんだかすごいなぁと。

 

新しい元号「令和」が発表される直前までは「元号って変わるし、いろいろ面倒だから、西暦だけ使えればいいんじゃないの?」なんて雰囲気も若干あったりした印象なんですが「新元号は『令和』です」って発表されてからは、なんかいよいよ元号が変わるってことで、なんとなくみんなそわそわしはじめてた印象です。

 

「平成」に変わる時と違って、喪に服す感じではなく、お祝いな感じだったのも良かったのでしょうね。

 

あと、今日は憲法記念日ですが、たまたまこのタイミングで、昨日の夜、社会(公民)の勉強(宿題?)をしていた娘と一緒に日本国憲法の前文を読みました。

 

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 

タイミング的にいろいろ感じたり考えたりしたのですが、令和の時代、平和であるようにと、改めて思いました。

 

 

 

野球が好きな野球部員と野球部が好きな野球部員のお話

4番を務める野球好きな野球部員は、監督からバントの指示があっても無視してフルスイングする。

野球の腕に自信があり、実際、ここぞというときの実績もある彼は、実績ゆえの4番なのであるから、当然に、その実力で自分にしか出せない結果の出し方を実行しようとする。タイムリーにヒットが出れば、その実績によって彼の実力はさらに証明され、彼の判断に説得力が増す。

一方、同じ4番でも、野球部が好きな野球部員は、監督からバントの指示があれば、それに従い、その状況の中で、組織的に動くこと、組織で成果を出すことに喜んで協力する。
彼は忠実にその任務を遂行し、チームに貢献する。


「僕は、野球部好きな野球部員を応援したい人間なんや。」


こんなお話を、先日、誰でも知ってる財閥系企業の人事畑を30年あまり経験された大先輩から伺いました。


この話を伺った時、僕自身はどちらを支持する人間なんだろうか?と思って、「うーん」とうなってしまった。


うちの会社で考えれば、技術が好きな技術者と、会社(チーム)が好きな技術者といったところだろうか。


まだ人生経験の浅い僕は、「そういう4番の存在もありなんじゃないかな?」と思ったりもしたのだけれども、人生の大先輩が、「僕は、野球部好きな野球部員を応援したい人間なんや。」と、しみじみおっしゃってるのを伺うと、やっぱり、「チームのために」を大事にできない人というのは、どんなに優秀な方であっても長い目で見るとチームにとってマイナスになるのかなぁと思ったり・・・・。


「チームは勝つために戦っている」という意識が統一できれば、どちらのタイプにも活躍の機会があり、その意識の統一を含めて、それぞれの活躍の機会をマネジメントするのが監督の役割かなと思ったり・・・。


いろいろ考えさせられました。

日々勉強です。